椅子と机と文具についての考察

ウイスキー片手に振り返る僕らの日々

邂逅

「気付かれてしまった。」
望遠レンズの中に映っていたのは紛れもなく僕自身だった。空気が湿り気を帯び、ほんの少しだけ夜が短くなっていた。
予感はもう眼前に迫っていて、その吐息や肌の温度は恐ろしく生暖かかった。
僕等はもっと確実なものになるだろう。
果てしなく広い舞台の上で、映画のように躍動する。観客席から地面が割れるくらいのうねりが聞こえてくる。非現実と現実が入れ替わり、計り知れない圧力を生みだしていた。
オーガズム、オーガズム。
そして、その風景が昨日のことのように思えた時、何かが、もう取り返しのつかないくらい変わってしまっていた。
黄昏の街で、ポケットに手を突っ込んであてもなく彷徨う誰かとすれ違った。
逆光の中、彼の頬を伝うものを見た。
僕等は小さな何かを失っていた。
ポケットから落ちたボタン。
掛け違えたそれは、もう決して元の場所に収まることはない。
決して過ちではない、だが正しいのかもわからない。
とても長い船旅だった。
手渡されるのはいつも片道切符だ。
それは仕方がない。
さよなら、昨日までの友よ。
さよなら、昨日までの家族よ。
さよなら、昨日までの自分よ。
もう会うことはないだろう。
さよなら。