椅子と机と文具についての考察

ウイスキー片手に振り返る僕らの日々

終戦後の世界

こんばんは
yukue初来阪イベントsensouが終わりました。
書き足りないので書きます。
もう散々呟いたけどね。
でも、今日までは浸らせてくれ!
 
まず、主宰に感謝。
しつこいですか??
本当に楽しかった。
思い出深い、濃いイベントだった。
特に僕らは初の遠征ということもあり、年甲斐もなくはしゃぎ楽しみました。
本当にありがたい。
この種のものとまったく同じ「ありがとう」はもうないと思う。
遠征童貞を奪った彼女 たちのみの特権だと思います。
 
 
そして、自分について、
 
一つは、圧倒的なボキャブラリーの少なさ。
物販に来てくれた人、共演者、エトセトラ
本当なら1人に一冊本を書いて渡したいくらい伝えたいし知りたい。
だけど、出てくるのは薄い言葉ばかり。
悔しい。
 
こうして書いている時はまだいい。
エンター&スペース&デリートキーで足したり引いたりして、まだ多少は輪郭を残して伝えられる。
でも対面では難しい。
足し引きしてるうちにタイムリミット。
反射神経が圧倒的に弱い。
言葉は大切だ。
 
 
それから、ライブ。
あの場ではどうしようもなく自分が晒されることは、何度も思い知らされてきたはずなのにまだ勝ちきれない。
 
自信ってやつはしっかり捕まえておかないとすぐにスルスルとどっかへ行ってしまう。
勢いはいつの間にか”甘え”に変わる。
フレーズが押し寄せる。
ピックを落としそうになる。
曲が終わってしまう。
もう戻れない。
あー怖い。
あぁ、どうしようもなく生きてる感じがする。
 
 
最後にyukueのこと
今回、新幹線に乗ってきた(一名電動自転車)遠い地にもyukueを知ってくれてる人がいた。
嬉しい。
うちらの音楽聞くのはそっちの勝手だから、こっちはやりたいようにやるだけさ、
的なスタンスをとってみようかと思ったけど、
やっぱり嬉しい、ごめん、ありがとう。
帰りの新幹線の中で、
いろんな人がバイトとかデスクワークとか肉体労働とかしたり、一駅歩いたり、昼飯安くすませたりなんかをして、バスとか電車とか電動自転車に乗ってライブに来てることを思った。
いつもの自分と同じだった。
そして、彼らの部屋の一角に僕らの音楽があったらいいな、と思った。
イントロだけでもいい、知らない街のどこかで鳴っていたら、それだけで救われる。
 
 
 
空っぽの身の中でいろいろと考えさせられる。
それだけ大きな戦争だったのだ。
 
もっとひたむきに自分と向き合いたい。
そして、自分にできることをもっと大きくしてみたい。
 戦争を忘れないようにしよう。
 
そしていつかまた、大阪に行きたい。
たこ焼きを食べ忘れたから。